06/08/10-01:17
週刊アスキー 進藤晶子の「え、それってどういうこと?」第282回 『機動戦士ガンダム』総監督 富野由悠季:シャア専用ブログ
週刊アスキー 進藤晶子の「え、それってどういうこと?」第282回 『機動戦士ガンダム』総監督 富野由悠季
進藤 (じっと見つめられて)そんな厳しい目で見ないでください(笑)。
富野 え、見惚れていたんだよ(笑)。
進藤 あらま、そうなんですか(笑)。実は私、ガンダムにはあまり詳しくなくって……。
富野 アナタが詳しかったら、おかしいですよ(笑)。でも、実は僕がいちばん詳しくないヒトだから。
進藤 そんな、まさか!
富野 いや、本当にそうなんです。こんな年まで、アニメの仕事を専門にやって生きてきたという人は、おそらく世界中で僕だけなんじゃないかと思うんですけどね。
進藤 失礼ですが、おいくつですか。
富野 今年で65歳になります。あと50年生きなくて済むと思うとホッとしますよ(笑)。職業っていうのは、原則としてひとつのことをやることじゃないですか。そうするとひとつとても重要なことがあって、よく、スキルが上がるとか、経験律を上げていくことが大事だというけど、それは本当に一面的なことだけなんです。なぜかというと、この間の村上ファンドの事件も、日銀総裁の事件もそうなんだけど、スキルや経験律が上がっていくということは、逆にその人の人生の幅をせまくしていることであるからです。
進藤 どういうことですか?
富野 だって、日銀総裁が公人としての倫理観、道徳観というものをまったく忘れてしまったんですよ。彼がエリートであったばかりに、後続のエリートも異議申し立てをすることができなかった。国家経済の大元にいる人が、私利私欲にのっとって物事を判断していいはずがないでしょう。なのに、バランスがおかしいと思う感覚がもてなかったのは、変にキャリアを積んだからなんですよ。
進藤 ふむふむ。
富野 このこととも関連してくるんだけど、こうして僕がロボットものの監督を長くやってこられたのも、自分の作品を記憶するってことを、とにかくやめたからなんですね。
進藤 お、そこにつながるんですね。
富野 とにかく徹底的に忘れることにしたんです。3ヶ月前なにをしたか思い出せないっていうのは、多少、記憶力が悪いってこともあるんだけれど(笑)。フリーランスになった30代前半ごろから、これまでにやった仕事は「忘れよう、忘れよう」としてきた。今日は今日、明日は明日。そして来年の住宅ローンを支払うためになにをしなきゃいけないか。それだけしか考えないような習性を、徹底的につけてきましたね。
進藤 過去を振り返らないとおっしゃいます。でも、これだけ長く愛される作品の魅力ってなんでしょう。
富野 いま言ってるようなことを考えてつくってきたから、かな。“僕という人がロボットものを作っている”というのがいいのかもしれません。単に、ロボットを描いているんじゃないんです。「僕が考えていることは間違いじゃない、それだけはわかってほしい」という思いをこめているから、ロボットのカッコよさだけではついてきてくれない大人にも楽しんで観てもらえるんじゃないでしょうか。彼らは、なにをおもしろいと感じて観てくれるのか? そういうことをいつも考えています。
進藤 人間ドラマを描くことに重点を置いていらっしゃるんですね。
富野 でも作品として、芸能として考えるには大問題があるんです。
進藤 なぜですか?
富野 ガンダムって、メガヒットはしていないんですよ。DVDは100万本も売れていませんし。ゲームだと1000万本も売れているのに。だから、スクウェア・エニックスにもカプコンにも負けてしまっている(苦笑)。それでは、エンターテインメントを提供する立場として考えたとき、すぐれた作り手とは言えませんから。
進藤 ふぅ〜む。
富野 もっと言ってしまえば、これだけ長期的に映像作品に関わっているのであれば、僕自身もスピルバーグやルーカスと同じだけのネームバリューをもってなくちゃいけないはずなんです。なのにそれができていないということは、力がないということなので。残念なことだけど、僕にはルーカス的な能力も、企業人として極めてすぐれているスピルバーグ的な部分もないですから。
進藤 そうかなぁ。自己評価、辛口すぎませんか?
富野 辛口じゃないですよ。だって、ガンダム程度のヒットで65歳になったオジサンが自慢していたら、バカでしょう(笑)。
進藤 ええ〜! そうですか?
富野 そうですよ。僕は、そんな最低のバカにはなりたくないですから。たかが、テレビアニメ発のキャリアしかもっていない人間かもしれないけど、大人として、最低限の身だしなみはもっていないとね!
進藤 身だしなみ。なるほど。
富野 そしてまたガンダムの話に戻りますが……。今回、『機動戦士Ζガンダム』を三部作にまとめるにあたっては、「ロボットものとしてつくろう」とはまったく考えていなかったんです。だからこそ、なんとかまとめることができました。もし僕がアニメおたくでロボットおたく、ガンダムおたくだったら、こういった劇構成はありえなかったと思います。
進藤 そうなんですか。
富野 ガンダムを作ったからこそ、“ガンダムにとらわれない自分”にしておかないといけなかったんですよ。そうでないとガンダムはますます内側にこもる、タコツボみたいな作品になってしまいますから。
進藤 これだけ続くとアイデアも枯渇しちゃうでしょうし。
富野 そう。それに観てくれる方は、ガンダムおたくだけじゃないしね。ガンダムっていうしばりがあるから、もうそれだけでわかりにくくなっているでしょう? だからとにかく、“普通”にする努力をしました。
進藤 なるほど。
富野 僕もプロなので、一瞬にして徹底的なガンダムおたくにはなれるんですよ(笑)。だからこそ絶対にそうならないように、普通のオジサンでいるっていうのが、僕にとってのこの30年間だった気がします。
進藤 登場人物の性格も、物語の重要な役割を担っていますよね。
富野 もちろんそうです。でもそれより、むしろ普通に、劇をつくるという視点しか考えませんね。どうしてかというと、まず、劇がなければお客さんは入らない。メカだけが好きで観るお客さんというのは、やはり極度に少ないですから。
進藤 あら、そうなんですか。
富野 つまりシェイクスピアや、日本でいえば近松門左衛門の文楽あたりが、いまも脈々と流れているのは、そこに劇の心があるからなんです。基本的にはやっぱり、お話、要するに、人と人との関係を描くことが大事なんです。それはいまヒットしているマンガにも言えることだし、『ポケットモンスター』なんかも、多少そういう感じはしますね。
進藤 へえ、そういうものですか!
富野 藤子不二雄さんの『オバQ』や『ドラえもん』の物語構造のなかにも、それは明確に見てとれます。だからその部分を押さえていないと。とくにアニメの場合は映画と同じ構造、つまり動く絵を使うということは、鑑賞するのに必要な時間、流さなきゃいけないわけです。必要な時間流すために、観客はなににひきつけられるかというと、“展開”なの。
進藤 だから、監督の作品に出てくる登場人物は小心者だったり、「こんな仕事やりたくないんだよ!」って言いながらやっていたり。やっぱりそこも単純じゃない。
富野 キャラクターが正確にリアクションをしていれば、観客はそのキャラクターにシンパシーや嫌悪感を感じたりできるんですよ。絵空事のキャラクターっていうのは、要するにウソをつくわけです。劇の都合のリアクションだけじゃだめなの。実は数年前にも、Ζガンダムを映画版にまとめないかという話があったんですが、断ったんです。そのときはただ機械的にまとめることしか思いつかなかったし、キャラクターへの思い入れも一切なかったので。
進藤 まあ、そうだったんですか。
富野 それが今回、といっても3年前になるんですが――やる気になったのは、年をとってきた自分が観たときに、自分が20年近く前につくったキャラがなにをやっていたのか、本当に思い出せなかったので(笑)。
進藤 前しか見てないからね(苦笑)。
富野 だけどね、失敗作だって印象だけは残っていて。
進藤 そうなんですか!?
富野 その失敗を取り戻すためにはどうしたらいいのか、というふうに考えたわけです。当時は、「おまえら、アニメばっかり観てたらバカになるぞ!」というコンセプトを入れたために、最後は主人公がうつ病になって終わっているんです。
進藤 まさかの展開です(笑)。
富野 だから、今回は彼のうつ病を普通に戻していく物語のルートが開拓できたらな、って思って。
進藤 まさにいまの時代にピッタリのテーマですね。
富野 でも、1本目、2本目をまとめ終わっても、最後までたどりつけるかどうかわからなかった。そのままの劇論でいくと、絶対に主人公はうつになって、やはり自己崩壊で終わるしかないと思っちゃって。だけど、この年になって人生を考えたとき、「人間って、そんな簡単に死ねないんだな」ってことに思い至って。それで、主人公はあそこまで生き延びたんだから、もしかしたら道があるかもって思いながら、3本目の物語に取り掛かりました。それでも、3本目の3分の2まできても、いやー、コイツ生き残れないかもしれないっていうくらい、キツかったですね(笑)。
進藤 シンクロしちゃいますものね。
富野 フィクションといえども、一度設定した、その人の人生があるわけですから。それを捻じ曲げず、まともなところに行かせるには、どうすれば? ってさんざん考えましたね。いいですか、ここでもう一度キモを言いますよ!
進藤 はいっ、よろしくお願いします(笑)!
富野 結局のところ、僕は“ロボットもの、戦闘ものをつくろうと思っていなかったからこそ”、新しい道を見出せたんだよ!
進藤 うーん、なるほど!
富野 ところで、富野監督はどんな少年だったんですか?
富野 いくじなしな子どもだったよ。
進藤 ホントに!? 信じられない!
富野 雪を初めて見たとき、とてもこわくて泣いた記憶があるくらい。
進藤 えぇぇぇぇ! なんだかイイ話じゃないですか(笑)!
富野 これはね、30歳過ぎてからようやく口に出して説明できるようになったんだけれども。でも説明しても、本当の意味での理解は得られていないと思うんだ。
進藤 いや〜、でも大変な感性ですね。かわいいし(笑)。
富野 小学校2年生くらいまで「わ〜い、雪だ!」っていう反応ができなかった。だって、空から、かたまり、形のあるものが落ちてくるということが理解できなかったんだな。
進藤 なあ〜るほど。
富野 それが不思議に思わないってことが不思議でたまらなかった。さらに、小学校4年生まで、もうひとつ絶対に近寄れなかった場所があって。それが海の波打ち際。
進藤 いるいる、そういう子ども。
富野 これだけ大量の水が、なんでずっとこうして波を打っているだけで済んでるって信じられるの? って。自分と同じくらいの子たちが波打ち際で遊んでいたりすると、なんて無神経なんだろうって思ってた。
進藤 それで、いくじなしなんですか?
富野 だってみんなやっていることなのに、僕は小学校4年生まで海に近寄れなかったんだから、こわくて。
進藤 そのヨシユキ少年は(笑)、どうやってそれを乗り越えたんですか?
富野 場数を踏むしかないよね。5年生のときのはまず、足が濡れるっていうことにガマンして、6年生のときには、一応、波打ち際で子どもらしく、遊んでみせていたとは思う。とっても、腺病質、神経質な子どもでしたね。学業もきちんとできる子ではなかったから、小学校5〜6年のころからすでに落ちこぼれて、そのまま中高6年間。だから、こういうおじいちゃんになっちゃった(笑)。
進藤 アハハハ、こういうお仕事に進もうと決めたのは、どんなきっかけがあったんですか。
富野 決めたというより、これしかできなかったからね。大学4年の秋まで就職活動をしなかったのに、たまたま、虫プロダクションが来春卒業の新卒募集をしていて、そのときに採用してもらえたから、この仕事に就いただけで。
進藤 もし、採用されていなかったら、どうなていたでしょうね。
富野 ……想像だにできません(笑)。
進藤 監督は、小説もお書きになるし、作詞もなさったり、いろんなお仕事をされていますが、なかでも監督業の醍醐味ってなんでしょう?
富野 ……(遠くを見つめる)。
進藤 あれ? まさかナイなんて。
富野 いや、ものすごくあるんですよ。動く絵を使って、劇を語ることができるということは、とてもおもしろいことなんですよ。僕にとって、アニメは本当は好きなジャンルではないんですけどね。でも、動くということで見えてくるキャラクターがあり、そのキャラクターで劇が描けるということが、とても醍醐味ですね。人が動くことが劇的な要因になってくるというおもしろさを、逆にこれはアニメから教えられました。実際に役者さんを使う劇とか映画の、不自由さというものもわかってきたしね。アニメで、物語を語るというのは、とんでもなく自由なことであるんだと。だけど同時に、アニメという絵だから不自由でもあるんです。その制限はあっても、実写やお芝居以上の自由さもある。それが、動く絵で表現できるおもしろさかな。あ、いますごくわかりやすい表現を思いついた! “美人”って、字に書いてあっても僕はつまんないんだよね。
進藤 それはわかりやすいかも(笑)。
富野 ハハハ。美人は字じゃなく動く絵としてちゃんと見たい。結局、それだけのことなんですよ(笑)。
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