06/12/08-18:31
中日新聞 アニメ大国の肖像 53-55、番外編 富野由悠季さん:シャア専用ブログ
アニメ大国の肖像 53
数あるロボットアニメの中で「機動戦士ガンダム」(1979年4月─1980年1月)ほど長期間、高い人気を保ちつづけている作品はない。
ロボットを兵器の一種に格下げし、人間ドラマを中心に据えたことによって、ヒーローものだったロボットアニメの系譜は大きな転換点を迎えることになった。
製作者はこの作品にどんな思いを込めたのか。
原作者で総監督の富野由悠季さん(65)の口から出た言葉は「嘘八百のリアリズム」だった。 (三沢典丈)
●違和感を抱えて
─前史は静かに始まった。巨大ロボットブームの折、「勇者ライディーン」(75年4月─76年3月)の話が富野さんの元にきた。
「マジンガーZ」の製作現場はよく知っていたけれども、ついにおもちゃ屋がひっついたような作品を漫画家がやるようになったのか、と嘆いていました
アニメ製作におけるビジネス先行の構図が鮮明に見えてきたわけですから。「ライディーン」の話も違和感があった。
だけど、僕はテレビ屋。週一ペースで三十分枠を埋めろといわれたら、やってみせる。
─だが、その意気込みは苦い経験で絶たれる。
「マジンガー」にはない設定をと、ピラミッドパワーでロボットを動かすことにした。
ところが、一部の作画が終わった段階で、局から「子どもたちがユリ・ゲラーをマネて問題になってる。超能力は一切ダメ」とつぶされた。
途中で軌道修正したけど、作品中で嘘をつくことがこんなにつらいとは…。結局、一クールもしないうちにクビになりました。
この時、アニメという嘘八百の世界でも、一度設定したものは変節してはいけないと思い知った。
この経験のおかげで、嘘八百のリアリズムを作ることに関しては本気になりました。
●次なる意気込み
─屈辱に沈んだ富野さんに次の話を持ちかけたのが、「ライディーン」で製作協力をした創映社(現・サンライズ)だった
やはりおもちゃ屋さんがスポンサーで、売りたいロボットが既にあった。
そのロボットのガッ太、アクションシーンが毎回あり、必ず勝つ、が条件で、全二十六話と決まっていた。
僕はこの話を断らなかった。
ギャラをもらってオリジナルストーリーを作る訓練ができるなら、そんなにいいことはないと思ったからです。
僕は既存のロボットものを壊していこうと、ルーティーンワークを立てました。
─「無敵鋼人ザンボット3」(77年10月─78年3月)は異例ずくめだった。
「巨大ロボットがアスファルトの上に立つな。道交法違反だろう」から始め、地球を侵略する宇宙人を「まともな」宇宙人に、
退院を老人から幼児までの家族に─と、既存のアニメでやってなかったことを全部やった。
─終盤、隊員たちは、敵が実は悪の心に満ちた地球を滅ぼそうとする正義の存在と知る。善悪が逆転する中、隊員は全員死亡する。
「戦闘ものをやるんなら、これくらい怖いことを覚悟しなきゃだめだ」と製作側の大人たちに分からせることが主眼でした。
放送後、プロダクションやスポンサー、広告代理店が真っ青になった。
絵コンテなどは渡してあったのに、彼らはアニメを舐めていて、読んでなかったのです。
─次の「無敵超人ダイターン3」(78年6月─79年3月)は一転、コメディー調の作品だ、
ギャグものはシリアスなものと比べ、芝居の量が三倍にもなる。
そんな作品に自分が毎回、ユーモアを入れ込むことができるだろうかと考えたからです。
この二作をやらなかったら、次に「リアルっぽい」作品を作ることはできなかったでしょう。
●発想が発想生む
─「ガンダム」は、宇宙戦争を舞台に、主人公アムロ・レイを中心とした人間ドラマと、モビルスーツと呼ばれるロボット型兵器の戦闘シーンをリアルに描いた─とされる。
だが、スポンサーの要請は前二作と同様、合体ロボットありき。
富野さんは裏テーマを胸に秘め、それを鮮やかに変奏して見せたのだった。
実は「ダイターン」で疲れたので、次は楽に作ろうという思いがまずあった。
シリアスなものなら台詞一つで二十秒はもちますから。
それを映画っぽくし、さらに毎週一回ずつの戦闘シーンを除いても話が続くことをこっそりテーマにした。
人間関係の流れがドラマ進行の役割を果たすようにしたのです。
─舞台装置は、約束事の確認と、それを超克する発想の往復で構築された。
出発点は巨大ロボットを動かさなきゃならなくなった子どもの話をしよう、ということ。
それをどう「らしく」するか。主人公のロボットは一台でいいけど、毎回、「やられメカ」を出さないとスポンサーからOKが出ない。
敵だけ新型ロボットを次々と繰り出してくるには、戦争状態にするしかない。
ただ敵が人間だと、スポンサーは怒る。
それを解消するには敵を強くするしかないので、ザビ家という独裁者を設定した。
主人公の敵役を誰かだ「シャアだ」と言う。
「なんでシャアなんだ」と聞くと「登場した時、主人公メカより三倍速く動く。シャーッと出てくるからシャアだ」。
すべてこんな具合。僕は作家ではなく、テレビ屋。とにかく今までにやってなかったことを探す。
だから、作家のような「これを作りたい」という意識はどこにもない。
─混沌とした市場から必要な部品だけを買い集めるようにして「ガンダム」は創られていった。
発想が一点から枝分かれしていくと、よほどの天才でない限り、根本が揺らいでいってしまう。
一方、物語とは世の中に存在する物事を取り込み、組み込んでいくことによって成立しているのも言える。
だといすれば、僕らが「ガンダム」でとった方式が正論でしょう。「ガンダム」は、初期に描いたイメージ通りにできた。
ただ一点、ガンダムが三機合体ロボットという部分だけがスポンサーの要請で、頑として残ってしまった。
●リアルの意味
─リアルロボットの「リアル」とは何か。
それは嘘八百のリアリズムの中で、モビルスーツが成立するフィクションの世界があるとういうこと。
リアルを追求するなら、二足歩行という非効率的な機械は戦闘に使いようがない。
だからこそ、動かして見せることがエンターテイメントとして面白い。
─ともすれば、優秀なスタッフ人に埋没しかねない監督。富野さんの真骨頂は最後にあった。
「ガンダム」は僕が言い出しっぺだから、原作者と呼ばれたいけど、それは最終的なまとめ役としての原作者でしかない。
それが悔しいから、最後の戦闘シーンで富野らしさを出そうと、首なしのガンダムが空へガンを撃つシーンを演出した。
あれができたときは涙が出るくらいうれしかった。
スタッフ全員を黙らせてやったぜ、と思いましたね。(続く)
紙面の中程にラストシューティングのカット。それの解説
ガンダムが頭部を失いながらも、なお兵器として戦おうとするラストシーンが、富野さんの演出の真骨頂だ
アニメ大国の肖像 54
─大学で映画を学んだ富野由悠季さんにとって、アニメ「鉄腕アトム」はひどい出来だった。
アニメだって映画、動かなくてはいけない。
それを止めて見せることができるという発想は許し難かった。
それなのに虫プロに入社したのは、他に就職先がなく、フィルムをいじれるなら御の字だと思ったからです。
─最初は仕事と割り切っていたが、半年もすると不満が沸いてきた。
当時、虫プロで働いていたのは、映画的なセンスがない人たち。
僕は映画的な演出ができる確信があったので、アニメとは言えない電動紙芝居でも、作りようはあると思うようになった。
そんな体質が分かるのか、僕が演出になると、先輩から徹底的に嫌われた。
「アトム」での僕の演出本数が一番になった時、みんなの視線が冷たかった。
─「アトム」が終わると、虫プロを辞めた。
職人的な技術を手に入れようと、仕事を山ほど引き受け、驚異的な速さで絵コンテを描いた。
「海のトリトン」(1972年4月─9月)の話が来たのはその時のこと。
だが、トリトン自らが犠牲となり、敵のポセイドン一族を宇宙に追いやるという原作の結末は受け入れられなかった。
初めて総監督になり、「子どもに見せるアニメとは何か」と、児童文学やファンタジーについて真剣に考えた。
子どもは、大人が本気で自分に話してくれていると分かれば内容を理解できるし、その言葉は十年後、二十年後、その子の中に復活する。
だから僕はこの物語で語るべきことを決めなければならない。
もしこの話がファンタジーとして成立しているのなら、その根っこがあるはず─。
─最終回、トリトンがオリハルコンの短剣を使った結果、海中に住むポセイドン族が全滅してしまう。
トリトンは、ポセイドン族がその恐るべき剣を破壊するために、自分を追っていたと知って愕然とする。
善悪に絶対はないことを教えるこの最終回を富野さんは自ら書き、スタッフにひた隠しにした。
それまでの脚本は原作を元に、好き勝手に話を作っていた。
「お前らアニメを舐めるな」と見せつけたのです。ライターからは恨まれました。
─子どもたちに物語の核心を示すこと。
この信念が後の「ガンダム」人気にも「決定的に作用している」と言う。
「トリトン」放送後、ファンクラブができ、僕を呼んでくれた。
会場に集まったのは千人もの中高生の女の子。
「ガキ向けの漫画だから」という作り方をしなくて本当に良かったと思いました。
(続く)
アニメ大国の肖像 55
─子どもたちに物語の核心を見せることの重要性を知るだけに、富野由悠季さんが現代のアニメに向ける眼は厳しい。
文化庁のメディア芸術祭の審査員として百数十本ものアニメを見たけど、大人を意識した作品ほど酷いものはない。
大人という顧客はエクスキューズがきくという了解があるから、オタク同士の会話のような作り方をしている。
そんな作品は僕が審査員の間は出品もしてほしくない。
一方、異議申し立てができない子どもたちにきちんと向き合った作品は、やはり見ていて面白い。
─魅力的なアニメ製作に欠かせないと考える要因がもうひとつある。
「ガンダム」を手がけて三十年たつが、(メカデザインの)大河原邦男さんと(作画監督の)安彦良和君とは、絶対に仲良くならない。
三人で一緒にお酒を飲んだことすらない。
われわれ三人の能力があって、合意点があれば、その仕事はパーフェクトに完結する。
でも、個人的には絶対に友だちになれないし、なる気もしない。
そういう人の集まりだったからこそ「ガンダム」はできた。
─異能なスタッフが個性を主張しながら同じ目標を目指す。それが理想的な環境と考える。
ジブリのようにシンパ同士の集団が有効に働くことも歩けど、二十年は続かない。
年齢の近いもので塊を作ったが最後、首をくくることになる。
映画の黒沢プロの先例もある。
黒沢明ほどの才能を持った人でも、カラー化以降の作品はよくない。
これは黒沢の能力否定ではなく、個人が優れていても、スタジオワーク次第で作品の質が落ちるといういいサンプル。
あれを見ると、口裏や気分の合う人間と仕事をやることの危険性を感じる。
アニメでも、そんなスタジオに未来などあるわけがない。
それでこの一、二年、二十一世紀のスタジオワークがあるのではと、はっきりと思うようになりました。
デジタルワークが増えるほど、既存のものをバラして再構築しなければならない。
それをどう教育の場からつなげていくか…。
─今、アニメが「文化」と呼ばれる風潮にも安易に乗らない。
僕は通俗に身を置いて「長生き」させてもらっている。
自分にとってこれ以上の勲章はないけれど、それは長生きしたのであって文化ではない。
ただ、そんな人間が千人、一万人集まった時に文化になる。
僕は映像媒体を作りつつ、長生きしてくれる大衆とともに育っていきたい。
アニメ大国の肖像 番外編
今年の最後は、本編で紹介できなかったが、印象に残ったエピソードを紹介する。
■「マッハGoGoGo」には飛行機バージョンがあった
笹川ひろしさんは語る。
「マッハGoGoGo」の続編として、主人公が飛行機で運び屋をする作品を企画しており、パイロット版も作った。
それを見た広告代理店が『もっと見たい』と言うのでもう一話作り、さらにもう一話と、
第三話まで作ったけど、結局採用されなかった。
飛行機という発想は時代が早すぎたのかもしれません」
■「サザエさん」の世界は奥深い
メーンライターの雪室俊一さんでも、時には設定を間違える。
「『サザエさん」の時代設定は現代ですが、磯野家の電話は今も黒いダイヤル式。
とはいえ、さすがに若夫婦のノリスケの家はプッシュホンだろうと思って脚本に書いたら、
エイケンの担当者から『あの家もダイヤル式なんです』と指摘されました」
■富野由悠季さんが苦手な作品
コンテ千本切りと呼ばれるほど絵コンテを描き、数多くの演出を手がけた富野さんにも、苦手があった。
「『いなかっぺ大将』です。ギャグの発生の切り口が他のギャグアニメとは違う。
単純に大ちゃん(風大左衛門)の赤ふんどしを見せればいいのではなく、
赤ふんを見せるまでのプロセスが『オバQ』にも『侍ジャイアンツ』にもない。
最後まで総監督の笹川(ひろし)さんからはOKをもらえませんでした」
■「機動戦士ガンダム」のシャアがマスクをしている理由
富野さんは「安彦良和君がマスクをしたシャアを描いてきたので、僕は『シリアスな作品なのに、何でこんな漫画みたいなキャラクターを』と大げんかをした。
結局、安彦君が『アニメなんだからこれでいいんだ』と言って収まったけど、マスクの理由を聞くと『そんなの知るか』。
後で誰かが『シャアは目が弱いからマスクをしているのよ』と言うのでそうなったのです」
■子どもへの善意
今年、最も心に響いた言葉を紹介したい。
これは大塚康生さんの話だが、ほぼ同じ内容を取材した全員が何らかの形で触れていた。
「ある製作会社の幹部に
『今後は“子どもに対する善意”を踏み外さない作品を企画の中心に据えないと生き残れないよ』と言った。
それを聞いてメモしていたけど、なぜ現場の人間がそこに気づかないのかなあ」
【斧谷稔】大富野教信者の会part38【井荻麟】
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/x3/1164831389/
【斧谷稔】大富野教信者の会part39【井荻麟】
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/x3/1167052035/ より。
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