06/03/16-23:26
DTM 2006年4月号 誰も知らないアニソンワールド「富野由悠季 時代のカウンター(反逆者)」:シャア専用ブログ
富野他の映像
http://www.dtmm.co.jp/backnumber/0604/
他の面子も豪華。佐橋さんの顔は初めて見た。
映像作品における音楽の比重は非常に高い
―――ガンダムを含めた映像作品の中での音楽が占める割合について、富野監督はどうお考えですか?
富野 僕が言うと嘘みたいに思われるんですけど、かなり比重は高いです。ただ、僕自身は、BGMのプランニングをやった
ことがないので、音楽そのものに対してのコダワリはさほどありません。
だからこそできるのかもしれませんが、予定していた場所と違う場面で使うことはもちろん、大胆な編集さえもしちゃう
ので、作曲家としては「たまったもんじゃない」でしょうね(笑)。
それでも、今回の「機動戦士Ζガンダム」劇場三部作の音楽を担当した三枝成彰先生(オペラを中心に、さまざまな映
画・テレビ番組のBGMを担当している作曲家)は、“映像音楽としての立ち居振る舞い”という観点から、僕の大幅な編集
を理解してくださっています。生意気な菅野よう子さんは、許してくれないんだけど(笑)。
―――その考え方の違いは、どこから生まれたのでしょう?
富野 そもそも、世代が違うのでしょうね。菅野さんのように、子供の頃からアニメがすでに存在していて、それを見慣
れている世代は、映像ありきでそこに音楽をつけていくことに、揺るぎない確信を持っているんです。
一方、三枝先生は、いつも「映画音楽って、一体なんだろう?」と考えながらやっている。「機動戦士ΖガンダムV-星の
鼓動は愛-」は、その辺もかなり踏み込んで作ってますね。
Gacktに断られたら、完成できなかった
―――音楽で忘れてはならないのが主題歌ですが、「機動戦士Ζガンダム」劇場三部作のすべての主題歌をGacktさんが担
当してらっしゃいますよね。
富野 Gacktさんに主題歌をお願いしたのは、僕が言い出したことなんです。1作目の「機動戦士Ζガンダム-星を継ぐ者
-」(2005年)のときは、ちょっと走りすぎるかな、という感触があったんだけれども、今回は本当に上手にハマったと思
います。
―――Gacktさんのどのような部分にシンパシーを感じられたのですか?
富野 僕の場合、音楽を聴くときに1番初めに耳に入ってくるのは、弦楽器の音なんですが、Gacktさんはそれが大変素晴
らしかった。それで、興味を持って、アルバムの歌詞をすべて読んでみたところ、彼の“言葉並び”に自分の作品のコン
セプトに近いものを感じたんです。
それでGacktさんにお願いしたのですが、はじめてお仕事をご一緒する、というところで、さまざまなビジネス上の困難が
あったことも事実です。加えて、彼はイケメンでしょ? ガンダム・ファンだなんて知らずに声をかけたので、引き受け
てくれるまでは、正直ヒヤヒヤしていましたよ(笑)。ただ、Gacktさんご本人が本当に快く受け入れてくれたおかげで、
なんとかうまく話を進めることができました。
―――そもそも、主題歌をテレビアニメ版と変えようと思われたのはなぜですか?
富野 テレビアニメ版を全否定するわけではなくて、2005年、2006年に作られた“今の作品”として世に出したかったか
らです。どんなに懐古的な映画であったとしても、“今”のフィーリングを取り入れなくてはならない、と考えています
し、20年もの歳月を同じアーティストが突破できるわけがないですしね。
まぁ僕は、音楽的にどうこう言えるような素養を身につけていないから、とにかく興行の視点でしか見ていないのですがね。
衝撃のラストシーンは時代を映す鏡
―――「機動戦士ΖガンダムV-星の鼓動は愛-」は、衝撃のラストシーンでしたが、今の時代に即したものを考えられた
のでしょうか?
富野 今の時代に即した、というよりも、今の時代のカウンターになるようなストーリーを提供したかったんです。
テレビアニメが放映された1985年頃の社会は、バブル絶頂でイケイケだったんですね。だから逆に、主人公が自我崩壊す
る、という悲劇的なラストシーンを持ってきました。みんなのブレーキが外れていたことに対するアンチテーゼであり、
また、“オタク”という言葉も生まれた頃でしたから、いつまでもロボット・アニメなんて見てたらバカになるぞ! と
いうメッセージも込めたものです。
そして現在。80年代の揺り戻しによる不景気が続き、9.11事件も起きた。“ニート”という言葉も広まっています。そん
な今だからこそ、“当たり前に暮らす”“ポジティブに生きる”ということを見せたかったのです。
そういう風に、さまざまな偶然が重なって、時代性と作品とをうまくマッチさせることができたから、60歳過ぎでやる仕
事として恥ずかしくない! という自信が生まれましたね。もし、バブルの状況が続いていたら、今回の仕事はやってい
ません。
―――今回の三部作は総じて、テレビアニメ版よりも主人公「カミーユ」がフィーチャーされている印象を受けたのですが。
富野 世の中みんなが、テレビアニメ版のカミーユみたいにネガティブになっちゃったからですよ。そこは意識しました。
カミーユは、完璧な主人公ではないんだけども、周りの人々を常にしっかり見つめているんです。それは映画を観ている
観客の視点でもあり、世間を見つめている私たち自身の視点でもある。だから、その視点を中心にして、物語を組み立て
ていきました。
デジタル編集は手を抜け!
―――映像編集ソフトのApple「Final Cut Pro」を導入されたそうですね。
富野 過去に、16ミリのテレビ版をベースにして劇場版を作った経験(「機動戦士ガンダム」「∀ガンダム」)から、も
っと自由度の高い映像コントロールを実現したい、という気持ちが強かったんですよ。しかも、Ζガンダムくらいストー
リーが複雑になってくると、絵コンテを並べても把握しきれなくなってしまいます。
つまり、Final Cut Proを使って、実際に動画を流しながら編集しない限り、今回の「機動戦士Ζガンダム」の劇場三部作
を構成することはできなかったんです。戦闘シーンの細かい入れ替えや、1コマずつの綿密な編集も、フィルムでは物理的
に不可能でした。
―――最近では、初めからデジタルの恩恵の中で育ってきたクリエイターも増えてきていますが、どう思われていますか?
富野 若い人たちは、映像に対して感度が鈍くなっていますね。最近の映像作品は、早回しやスローの使い方が雑だなぁ、
って思うんです。制作者が「1フレーム、1フレーム丹念に編集しました」なんて言うと聞こえは良いんだけど、他人が見
て、その仕事を感じ取れるスピードではないんです。端的に言うなら、見ている人への配慮が足りない、ということですね。
デジタルが1番怖いのは、“果てしなく終わりがない”ところで、デジタルに頼り切った編集をしている人の作業は、半分
以上無駄だったりするんですよ。だから、若い人たちには「手を抜け!」って指導しています。
―――本日はありがとうございました。
劇場版Ζまとめ職人さん、1628さん、ありがとうございます。
Track Back URL: http://s03.2log.net/editor/tb.php?id=char:blog:1051
Track Back