05/11/17-00:49
成功する30代・失敗する30代 富野由悠季:シャア専用ブログ
THE21 2005年12月号より。
30代に築き上げた仕事の原則はいまも変わらず
25歳のとき、手塚治虫先生が設立した虫プロを退社した。学生時代から希望していたのは、実写映画の仕事。虫プロで
のアニメの仕事も、実写映画と同じフィルムをいじる仕事だったが、アニメ好き同士がしのぎを削る仕事場では、演出
家としては自分の才能に限界を感じてしまった。
自分には何ができるのか、自分の適性は何なのか、考え続けた。それからフリーランスとして、様々なプロダクション
作品にかかわったのは、好きなものだけやっていたら、自分の務限定されてしまうと考えたから……。アニメの仕事も、
それ以外の仕事も、あえて苦手な仕事ほど精力的にこなしていった。
30歳のとき、手塚先生の「青いトリトン」をTVアニメ化する仕事が舞い込んだ。絵をどのように配列してストーリーを
構成するかが、視聴者にとっては最重要。そう考えた僕は、「手塚先生の原則を変えるべきでない」と反発する声を押
し切って、原作の「青いトリトン」をすべて書き直した。
出来上がった「トリトン」のファンの集いが開かれたのは、1年半後。その時、1000人を超えるお客さんと間近に接し、
TVの受像機の裏に、これだけの生身の人間がいるのかと実感した。人間形成のいちばん重要な時期に、正面切って作品
を見てくれる人がいる……。そう考えると、やはりつくり手が、自分の好きなものを自分勝手に使ってはいけない。あ
くまでも、子供に見せる物語は何かという原則に忠実に従おう。そう決心した。
3作目で巨大ロボットものをやる話が来たときも、その原則は変えなかった。スポンサーの意向や視聴率など、様々な圧
力がかかるなか、視聴者が求める人間とロボットの関係は何か、それを突きつめて劇空間のなかに位置づけたのが「ガ
ンダム」である。
思えば30代は、そうした原則を、自分の中で意識的に築き上げた時期だった。時代が変わっても、環境が変わっても、
原則を変えない限り、視聴者が本当に求めているものを創り出せる。どんな仕事であろうと、そうした原則を己で発見
できるかどうかが勝負を決めると、今でも信じている。
劇場版Ζまとめ職人さん、ありがとうございます。
Track Back URL: http://s03.2log.net/editor/tb.php?id=char:blog:904
Track Back