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DESTINY OFFICIAL FILE メカ編4 福田インタビュー:シャア専用ブログ
最終回に向けて、デュランダルを悪役のように描きましたが、それは演出上そうしないとストーリーが色んな意味で誤解を生むと思ったからで、僕自身は彼を何ら悪だと思っていません。彼のやろうとした事も正義なんです。
ただ、彼の正義と言うのは、目指してる世界がなんなのかと言う問題に尽きる。デュランダルは自分の信念で行動しているのであって、誰かを切り捨てたり策謀を練るのは、自分の利益とか欲望のためじゃないんです。非情ではあるけど、目的は世界の幸せのためだったんですね。それを悪と断じるのは無理があるでしょう。
デュランダルのやっている事は今の時代に置き換えると「究極のニート対策」です。いまニュースや新聞を見ていると、ニートの人達の多くは「やりたい事が分からない」と考えている様ですね。それに対してデュランダルは、じゃあ私がこういう選択肢をあげましょうと差し出してくれる存在なんです。それを遺伝子レベルで成し遂げようと言うのがデスティニープランでした。実際に人の性格の殆どが遺伝子によって決まると言う話を聞きました。無気力だったり反抗的だったり、それが全てだとは思いませんが、親兄弟の資質もしくは人種によっての傾向は確かにあるのではないかと思います。デュランダルはそれを管理する世界にしたかった。このデスティニープランを通して何を言いたかっ
たかと言うと、「進化」とは何かを改めて考え直したかったんです。
進化とはパワーアップの事ではないんですよ。たとえばキリンの首が長いのは、大昔に突然変異によって現れた首の長いキリンは、首の短いキリンたちには届かない高い木の葉っぱを食べ、遠くの外敵を素早く発見して逃げる事で自然界の生存競争に勝ち残ったから。それにより首の長いキリンの子孫が繁栄し、首の短いキリンは姿を消す。この繰り返しなんです。つまり進化とは、変化じゃなくて、生き残る為に戦った末の「適応」なんです。生物の進化は戦いの歴史。戦って来たからこそ、人類をはじめとする全ての種は、未来をつないでゆく事が出来たんです。でもデスティニープランは、その進化を否定する訳です。管理された遺伝子と、その人種だけが生き残れて、異物は絶対に
許さない。好戦的で利己的な遺伝子はきれいに消されて、間違いなく地球上から戦争は無くなるでしょう。ほとんどの人達が望んでいる平和な世界を作り出す事は可能になります。
しかしそれは閉じられた世界なんです。自ら進化をしないのだから、計算外の希望や未来は許されない。言い換えれば生物種としての自死を意味します。デュランダルはそれでもいいと言う姿勢なわけですよ。人類は愚かだから戦争によって絶滅する可能性もある。それよりは未来を閉ざしても生きたほうがいい。競争原理を消せば、争う心も無くなるだろうとね。それに対してノーを唱えたのがキラやラクスなんですよ。確かにデュランダルの言う通りにすれば、誰もが幸せに暮らせる世界は来るかもしれない。だけど、キラやラクスは人類の未来を失うのには賛成しなかった。彼らは戦争を否定していました。しかし、デュランダルと対抗した結果、争いのある世界をも容認してるんです。
二律背反する非常に難しい問題ですけど、キラとデュランダルのどっちが正しいかを決めたい作品ではない。デュランダルも正義だし、キラやアスランも……まあいろいろ問題はあるけど(笑)正義なわけで。
最終回にキラがデュランダルに銃を向けましたが、見ている人すべてに「この結果をどう思いますか?」と提示したかったんです。
DESTINYは戦争がテーマの作品ではありません。誤解されるんですけど、僕は戦争を描いているつもりは少しもありませんでした。じゃあ何なのかと言われると、一言では答えづらいんですが……。ひとつはさっきも言った、競争社会が否定されつつある現状に対しての危機感がありましたね。まず、誰もが幸せに平等に暮らせる社会なんてあるわけないんですよ。例えば生まれた家が金持ちとか、飛び抜けた美貌を持ってるとか、それだけで人生は他人より大きくリード出来る。そんななか経済的にも才能にも恵まれていない子供は、自分の欲しい何かを得る為には必死に戦い、争わなくちゃいけないんです。なのにゆとり境域ダとか変なことで子供達の競争原理を少しずつ消して、そんなことしなくてもいいんだよと、ゲームやネットなどの架空世界で優しくくるんでしまっている。「何をやりたいのか分からない」という若者の呟きは、その現代社会の薄気味悪さを象徴していると思いますよ。このままでいいはずないとは思っているけど、文句だけ言って自分からは何もしない。最終的には誰かがなんとかしてくれるんじゃないかと言う甘えが基本にあって……そこにあらわれるのがデュランダルだったら、たちまち心酔してしまうんじゃないかと。力強くてビジョンがあって、従ってさえいたら幸せがやって来そうだと思わせる。どこかの政治家みたいですよね。シンのように何も考えない子は騙されて当然でしょう。
デュランダルを否定しているのではありません。要するに、どんな時も自分の頭で思考して、戦ってほしいんです。シンは自分を肯定してほしい子でした。褒められたい、強くなりたい、ただそれだけで自分の闇と戦う事はしなかった。だからどんなに戦果をおさめても、自己解決になってないんですよ。現実にシンみたいな子供大人はたくさんいます。そういう人達がいつまでも自分の思考で戦わなければ、成功者とそうでない人達との二極化が、今後さらに進んで行くでしょうね。セーフティーネットが確立していて飢餓に陥ることもなく、テレビにもネットにも、優しくて居心地いいものがあふれている今の世の中で、子供達が厳しい今の現実と向き合い、自分への否定を受け入れて何と戦わなくちゃいけないのか。そして何が欲しいのか。この作品では「戦う」がテーマでした。それは広義の戦争の意味ではない。どんなに優しく理想的であっても、未来を閉ざす者とは僕達は戦うべきじゃないでしょうか。
DESTINYは物量的にも精神的にも、難しいことをやりすぎたかなという気はします。正直、かなり辛かった(苦笑)。最終回も駆け抜け過ぎましたね。レイがキラを選択して、デュランダルを撃ったでしょう。アレはデスティニープランに対する僕たちの答えです。レイは理論上は世界を滅ぼしたかったラウ・ル・クルーゼと同一人物の筈なのに、最後の最後でデュランダルの理想にノーをつきつけました。つまり、遺伝子を管理したとしても、人はやはり別人なんですね。君と彼は別人である。それをメッセージとして伝えたかったんだけど……ちょっと表現しきれなかったかもしれません。あとアスランがいつまでもウジウジしてて(苦笑)、軌道修正するのに苦労しました。キラが登場する
くらいまではいいんだけど、その後のアスランの、よくわからない悩みがず−っと消えてなくて困りましたね。シンに対しても導き手になる必要はないのに、なぜか兄貴分のような心情の寄せが感じられてしまって。もっとドライでいいんです。隊長なんだから。覚悟してあのFAITHという役職に就いた
はずなのに、それが見えて来ませんでした。逆にキラの方が覚悟が明確に見えてたので、キラ対アスランの戦いはキラの圧勝ににしかなりませんでした。なんでそうなったのか、いろいろ要因はあるだろうけど……。それもアスランというキャラの持ち味なのかも。などなど、その辺りは心残りの箇所でもあります。
物語の構図としてはデュランダルに対して、アスランとキラとシンの3軸が絡み合う形を目指したけど、高度な意味での群像劇にはなりきれなかった。それは監督である僕の不徳の致す所だと、真摯に受け止めています。とにかく今はリベンジしたい!という気持ちが強いです。どういう形かまったくわかりませんが、なんとかこの気持ちを今後の作品で解消したいですね。
【チャット・age厳禁】デス種失敗の理由 Part67
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/shar/1133190822/ より。
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